2009年6月3日水曜日

懐かしのラヴァーボーイ-06

その8/『ontembaar』は『お転婆』の語源とか


(はじめからよむ?)
(前の回からよんだりする?)




それからどうなったか聞きたいの?

おお聞いてくれよ、大変だったんだよ。



タモツからのメールの返事を待つ間に、二人でテーブルに向かい合わせに腰掛けて

彼女が入れてくれたコーヒーをのんでた。

会話?ああ、してたよ。何話してたかな?ああそう

彼女、俺専用のカップを使って聞いてくるんだ。

「このカップの生き物は何ですか?」って。

で、「それはタヌキです」って。

「Raccoon dog?!」

「お酒の壜(徳利)とメモ帳持ってるんです」

「なぜ?」

「なぜって...え〜っと酒屋の手先なんですよ。たまった酒代をとりにくるんです」
「ワーオ。で、これは何に座ってるの?」
「う〜ん、彼自身のタマです」
「....」
「日本では男性のタマのことをgolden ballって言うんです。狸の毛皮は金をのばすのに最適だったらしく
このように金のballがのびているタヌキの置物は、日本の金工金鉱のトーテム(守護神)だったみたいですね」
ああ、なんて会話してるんだろって、赤面してる彼女の顔をみながら喋っていたよ。

そこに、タモツからのメール。
今度はタイミングが良かったな。
これ以上気まずくなってもイカンので、失礼して席を立ちPCの前に移ったんだ。

内容は、まぁ、これこれこいう事だったんで
これこれものようにしたらヨロシノカモと打ち返したんだ。
まぁ、彼女に待ってもらうほどの内容では無かったナ。

それから、思い直して彼女にも聞いてみたんだよ。
「Mashって使ったことありますか?」
「今、家で使ってますよ」
「本当?」
「ええ、最新のに買い替えたいけど予算が無くて、もう10年近く使ってるの。もっともたいした事してないからフロッピのフォーマット問題をのぞけば、充分使えてます」
この時点で、予感はしてたね。彼女が使ってるものとタモツのとこにあるものは同じ機種だと。
「弟の友人が中古Mashを買ったけど、中に不明のファイルがあると」

それから、しばらくはたわいもない話をして...例えば、弟がどういう性格なのかとか、住んでるところはどんな街なのかとか
カップの底が見えたところで、外に出ることにした。

彼女が階段を先に降りて僕があとから降りて、道に出た途端だよ、
いきなり、どん!っと視界がブレたんだ。
彼女が斜めになって、右耳に地面がぶつかってきた。
いや、ぶっ倒れたんだ。
次に襟首をつかまれて引き起こされた。
引っ張られた勢いで首のスジが違いそうになった痛みが先にきたんだけど
その時になって、ようやく顔の左側の激痛とともに殴られた事が分かったんだ。
殴った男の方を見ると、これがまぁなんとも大きな奴。
黒いジャケットを着て、金髪の下、怒りに燃えた目つきでにらんでいる。
そうだな、あの役者にそっくりなんだよ。あれ。フランスの役者でサラサラとしたストレートの金髪に
クマのようなゴツイ体型の、ほら、「シラノ」の主役になった、デカプリオと「仮面の男」にも出てたな。
それとおお、トリュフォーの「終電車」美の女神ドヌーブとの共演!
ドングリのような目で鼻筋が曲がっててさぁ、確か若い頃の喧嘩が原因だとか
出世作はミウミウと出た「バルスーズ」だったっけ....そういやぁ、バルスーズってgolden ballの意味だよな。
そんなことを考えてる間にも俺の体は、洗濯機が無かったころのシミーズのごとく何度も地面にたたきつけられて
目に額からの血が散って、あたりがピンクに染まっちゃって...。
けどこのクマ野郎は、俺のスイッチを入れちゃったんだな。
なんでもないアゴの傷跡なんだけどね、これに触られると未だに痛みが走るんだ。幻の痛みが。
朦朧としていた意識が幻の痛みで一気にしゃんとしてきて、状況を把握したのさ。
おお、マルフリート・ファン・ハーリンゲン!
彼女が、男の後ろから首にしがみついてるのが見えた。けど、男は蚊でもとまっているかのように無視して
寝転んでいる俺の首をねじり込んでいる最中だった。
幸い右手が空いてたんで、Vサインをクマ野郎の大きな鼻の穴に突っ込んでやり、そのままグーにして(指にゴリっとした感覚が)
勢いつけて上体を起こし、石頭をぶちかましてやったぁああ。やったったぁああ!
うぉーーー!(←思い出して興奮している)

暗転。


で、今どこに居るのかって?
え〜っと、どこだ?
ててっ
首が痛くて横にしたまま曲げられないや。消毒薬の臭いに知ってる香りが混じってるな。いい香りだ。
あ、誰かやってきたぞ。
「Vindt hoe?  Goed werd het gevoel?  Niet is het litteken pijnlijk?」
これまたゴツい看護婦さんだ。「帝都物語」思い出したよ。
....俺、まだオランダに居るんだな....。
「傷の具合はどうか?って言ってます」
自分が向いてる方向の反対側からマルフリートの声がした。ああ、彼女の香りだったんだ。
威圧感のある笑顔で看護婦さんはやさしく喋りかけてくれる。
「Gebeurend wordt het afgesneden, als is, in orde.Terugkeer naar het huis.」
あっというまにベッドを追い出され、カウンターで安くない治療代を払わされ、五分後にはガクガク震える足でマルフリートに支えられたまま病院の外に居た。
痩せた犬がほろほろと歩いて来て、少しだけ2人を見、薬の臭いを嫌ったのか、またほろほろと去って行った。
素晴らしい無情感。
「...あの大男は、君の知人?」
「ごめんなさい。彼は、カレル・バステン。昔のボーイフレンド...というか、友達」
友達か。深いおつきあいではないと言う事かな?
「そう。で、なぜ僕を襲ったんだろう?」
彼女は伏し目がちに語る。
「方向違いの嫉妬。私がこの土地を出たいという話を人づてに聞いたからだろうと思うけど」
「惚れた女が去って行くのは、裏で他の男がよからぬことを吹き込んでいる...そんなところ?」
彼女の方を見た。
10センチも無い間近で彼女もこちらをみていた。視線が合って、沈黙が降りる。
彼女は思い出したように自分のバッグの中をさぐり、パスケースから折り畳んだ新聞の切れ端を出して、こちらに見せた。
勿論何が書いてあるのか分からない。
「Het „mirakel“, het komt intern komen uit, de „energie die gelooft het fenomeen“ is.
Nu en dan, wordt de hoeveelheid van mirakel meer dan de daadwerkelijke hoeveelheid, er tijden zijn wanneer de werkelijkheid wordt verslagen.」
彼女はその記事の一部であろう文章を諳んじた。
「『奇跡』とは、体内からでてくる『物事を信じるエネルギー』である。現実の方が勝っているのが常であるが、時々、奇跡の量が現実の量に拮抗し、現実が負ける事がある....あなたは『奇跡』を信じる?」
恐ろしく真面目な表情でこちらを見ている。
彼女が何を思い、何を期待しているのかわからない。返事に屈した。
突然、彼女の顔が迫って来た。
反射的によけようとのけぞったが、喧嘩で痛んだ首が悲鳴をあげた。
唇が触れ合って、離れる。
「決めた!タクシーを拾って、私の家へ行きましょう」
私の家?
首の激痛と、予想外の発展にポロポロと涙を流してうなずいた。
また首に激痛が走った。
激痛とともに、勘違い男に似ている俳優の名前を思い出す。
「そうそう、ジェラール・ドパルデューやん」
......俺は、どこに行ってしまうんだろう。

(つづく)

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