2007年5月10日木曜日

懐かしのラヴァーボーイ-01

登場人物の独白からはじめます

あるソフトのプログラミングの条件文に
on MouseUp end MouseUp

というものがある。
これは、カーソルがボタンを押し終わった状態のことをさしており
「~」のところに命令文を書きこんでやるとボタンを押し、ボタンが戻った瞬間に、命令が実行されるのだ。
それに対して、

on MouseStillDown end MouseStillDown

というものがある。
世の中にはこちらの方を好んで使う人も少なくない。
これを書き込むと「ボタンが戻った瞬間」ではなく
「ボタンを押し続けている間」命令が実行され「続ける」のだ。
つまり先ほどの「MouseUp」より、素早く実行され、しかも継続するのである。

つまり何の話がしたいか、というと
僕ははじめの「MouseUp」な性格なんだが
リサコは「MouseStillDown」な性格なんだ。
彼女はセッカチで落ち着きが無い。
昔からそうなんだよな。
けど、それでもいくら彼女の周りでトラブルがあっても
不思議に、着地点は平坦なんだ。
一回くらい大痛手をくらったほうが彼女のタメなんだけどねぇ...。

その1/高架下でお買い物

お話をはじめましょう。

駅の外で、中学生の女の子が、ひとり腕組みして待っています。
サーモン色のTシャツに鄙びた紺色のスリムジーンズ。
胸がいい具合に盛り上がって魅力的なポーズですね。
(はい、おじさんは恥ずかしげもなく「いい具合」って表現をしますよ)
顔は、ああ、少し怒ってますね。待たされてるようです。
眉間の皺のより方から見て、20分ぐらいかな...。
え?彼女が美人かって?
あ~、う~ん、
そうですね。あだち充の漫画にでてくる感じといったらわかりますかね?
いやそれより、ちばてつやの描くオテンバって感じ?


どうやら、自転車に乗ってお相手が来たようです。男の子ですね。
おやおや公衆の面前で怒鳴ってますよ。
「遅いぃい!!」
「スマン」
「許さん。お茶オゴリ確定!」
「うう、どうして金無い奴が金ある奴にオゴルアルカ!」

あやまってる男の子の風体ですね。
これといって、特徴無いです。
寝癖が残ってる以外はとくにだらしがないという風でもない。
チェックのシャツにグレーのパンツです。

彼の名は、川辺タモツ君。
彼女の名は、岸上リサコちゃん、
ご察しの通り二人は幼なじみです。
今日は、リサコちゃんの買い物のために
タモツ君が荷物運びを手伝う事になっています。


二人が向かったのは、高架下商店街。
ここは、どういうところか、とウィキペディアなどで調べてみますと
(最近はいろいろと便利になりましたな)
『JR の高架下に運営されている商店街。
通称はモトコー とされているが「高架下」と呼ぶのが一般的。
表向きに観光客や買い物客を多く集める商店街の裏通り的存在としてマニア
および外国人の通る姿が多く見られる通り』
だそうですよ。
最近は、ネット通販で買い物が出来るようになったからマニアは減るし
高架下より100均の方が安いから外人さんも来なくなっちゃったけどね。

まぁ、そんな薄暗い、またシャッターの閉めてある店も多い高架下の一店。
その周りには地面から高く積まれたワープロマシンの山、山、また山。
そのワープロに挟まれるようにしてヨボヨボの店主が丸イスに座って携帯テレビを観てます。
(あ、携帯つってもワンセグじゃなくてブラウン管ね)
その店の前でかがんだ二人がゴソゴソと話してますよ。
「こ、これ?」
「そう」
「え~...」
5台のワープロマシンの下敷きになって
3週間ほど置いてけぼりにされた柴犬のごとき姿をした
パソコンは古風なオールインワンタイプ(モニタ一体型)
「『え~』ってどういうこと?」
「これ、めっさ古いMashやん」
「『マッシュ』っていうの?」
「そう『MASHinBUSH』のGothic2。ほら、15年ほどまえの機械やで」
「けどおっちゃん、ワープロもちゃんと動くゆうとった」
「アホ!見たらわかるやん、ここワープロしか扱ってない店やで。動いてもトロトロで陽ぃ暮れるわ」
「でも、かわいいやん」
「かわいいてか、ああ、そんなところやろうな。
そやから女の買いもんにはついて行きたないんや。俺の意見なんか通らへん。相談する前からもう決まっとるやんか」

結局、眼がハートマークのリサコちゃんに押されて(勿論パソコンにですよ)
店頭でテストをする事も出来ないまま9800円を2000円負けてもらい、購入。
イカリの紙袋に、黄ばんだキーボードと同梱されたマウスには、ボールが入ってませんでした。
そして、自転車の荷台の前と後ろにのせておしていくタモツ君には、
これがけっしていい買い物とは思えなかったのです。

その2/MASHinBUSH-Gothic2

「おじゃましまーす」
玄関を開くと、奥からタモツの母親がビーズの暖簾を分けて出てきました。
「あら、リサコちゃんやん。タモツとどっか行っとったん?」
母親はニコニコしているリサコの後ろで荷物全部を持ってボサーっと立っている息子を観ながら
「買い物手伝ってもらったんです」
「このまえ、あんたんとこからもらったイカナゴさんおいしかったわ」
「山椒入ってたでしょ」
「そうそう、ええ香りがしてたわよ。何飲む?カルピスでええか?」
「ありがとうございます」
「...玄関で世間話してんと、はよ上がってくれや。重いねん。」

急な階段を上がっていくと、片側に整理された部屋がドアを明けられています。
「あれ?ショウ兄ちゃんは?」
「海外出張、長期」
「え!どこ」
「アムステルダム」
「...想像できない、あたまに浮かばない」
部屋の壁には、1枚の映画ポスターが貼られています。
「あれ、ショウ兄ちゃんが貸してくれた映画のビデオ、高架下でこのパソコンみたとき
あの映画に出てきたロボット思い出しちゃったのよ。それで、タモツもついでに思い出したから」
「思い出したから、荷物持ちさせたのか!」
「けっしてそんなことは無いのよ、オホホ。さ、行きましょう」
「行きましょうつったって、俺の部屋やろ!」
タモツ君がドアノブに手をかけてふと止まります。
「...汚いからって、文句言うなよ」
「...我慢します」
「ぐっ...そうやな、我慢せぇよ」

とはいえ、実は彼女が上がり込んでくるかもしれないと予想していたタモツ君
昨夜、少し片付けていたのです。(隅に積み上げて、畳を見せただけですが)
彼なりに気を使っているようで...。
「...久しぶりに来たけど....クンクン」
「男の部屋を臭うな!」
そうです、そうです、なんて不謹慎で残酷な娘でしょう。
そして、ある意味なんて正直な奴なんでしょう。
同じ男として、タモツ君に同情します。
部屋の中心にどっかりとパソコンをおろして、カールの印刷の入ったダンボールのカバーをほどきました。

「さて、と、資料資料」
タモツ君が部屋を出て行きました。
正座して部屋を見回しているリサコちゃん。
中2にもなって男を意識しない娘なんていませんよね。
けど、できるだけ意識しないように、冗談まじりな会話を続けてきました。
まぁ、今日の買い物も久々にあのころのタモツ君と話したかっただけなんですけど
それだけなのかどうかは、リサコちゃん自身もわからないようです。
机の上には白い紙と転がったペン。そしていくつか付箋の付いた筒井康隆の著書「旅のラゴス」が置いてあります。
リサコちゃんが知っているタモツ君とは、震災のとき住んでいた家が倒壊して
近所に引っ越してきた幼稚園児で、とくにリーダー的な性格でもなく、かといって引っ込み思案でもなく
話せば何かと面白い「ネタ」を持っていて、そこからみんなの遊びが始まる感じで、
近所の遊び仲間には重宝されてました。
小学校を卒業してからは、リサコちゃんが私学に行ったので、道ばたで雑談する程度でしたが
あいかわらず、面白い「ネタ」を提供してくれる人物です。
かれの趣味は、いくつかあるのですが、長く続いてるといえばこの「マンガ」ぐらいでしょうか。
けど、リサコちゃん自身は、まともに完成した作品を今だみていないので、彼の腕がどれくらいの物かはわかっていません。

タモツ君がショウ兄ちゃんの部屋から古いMASHの専門雑誌を持ってきました。
「これだ『MASHinBUSH』のGothic2」
畳の上に置かれてある物とおなじものが雑誌に載っています。
見出しは『家庭に浸透する未来系野獣』....この柴犬然とした機械相手に、なんともいえませんな。
「ちょっとまてよ。何だこれ?ほら」
彼が指差したのは、背面の一カ所、スピーカーの穴のごとく複数の穴が円状にあけられています。
雑誌の方に載っている背面写真には、そんな穴はありません。あきらかに手が加えられています。
それと同じようにいくつかのネジ穴とスロットも自作しているようです。
「そこの鉛筆立てにあるドライバとってくれ」
「え?先に動かしてみないの?」
「ここは俺のやり方ですすめる。後悔しても遅い」
「うう、壊すなよぃ」
「もう壊れてるかもしんないから、責任はとれんよ」
タンスの隙間から小さな折りたたみテーブルを出し、本体を置き直し
持ち手が焦げて溶けたドライバーを手渡され、左手で本体を斜めにして背面パネルを外しはじめました。
リサコちゃんは、あわてて本体を持つ手を交代、タモツ君の手をみています。
接近しているんで、タモツ君のほうにリサコちゃんの香りがして、それを必死に無視するがごとく
ドライバーの回転を速くします。
「あ、アマゾン」
テーブルの端の方に、仮面ライダーアマゾンの顔が彫ってあります。
少しデッサンがずれていますが陰影がすばらしい。
「よし、外れた。おっと!この頃の機種はからくり箱みたいに、開ける人のことを考えてない作りだからなぁ...」
背面パネルに張り付いている複数のコードと電磁波をさえぎるパネルを丁寧に外しながら、裏側が全面に開きました。

「ふ〜ん」
「ん?で?この穴の裏側に付いてたのは?何?」
「内部の温度を下げるためのファン。ここにほら、もう1つハードディスクがついてる」
中の埃だらけな基盤を引きずり出して
「あ、ここの裏にももう一つハードついてら。無茶しよんな...」
雑誌の写真と基盤を見比べて
「改造しまくってる。いろいろハンダで付け変えてるよ。そりゃ熱上がるわな」
「ちゃんとわかるように教えてよ」
「ほら、この写真を見て、これを見るとな、ここ、コンデンサの色が違うだろ。
こういう細かい部分を、取り替える事によって、機械の性能を上げてるんだけど
なんていうのかな、コンピュータって賢くなるほど『知恵熱』も上がるのよ。
だから、ここに、扇風機つけて中を冷やしてたんだわ。そう、冷やすだけでも早く計算できるようになったりするんだな」
フタを開けたパソコンの前で腕組みをして、しばらく無言のリサコちゃん。
タモツ君は椅子の方に退き、腕組みをしながら彼女をながめていました。うなじが、美しい。
「どこでそんな知識おぼえたの?!」
「...う〜ん、兄貴かな。『知識は拡散するものだ!』っていうとった」
「カクサン?」
「そう、カクサン。だから広く浅くの知識しか持てていませんヨ、よしちょっと」
そういって彼女と位置を交代し、外装をガッポリと外しました。
「これ、オカンにいうて風呂使わしてもろて、洗てき。ママレモンとかガラスクリーナーでええで」
「わかった」

彼女は外装を風呂で洗いながらタモツ君の母親と、あの炭シャンプーが良いだの、このスポンジが肌に気持ちいいだのと
全く関係ない話をしばらくした後、ジーンズを上げたまま彼の部屋に戻ってきました。カルピスとバームクーヘンをもって。
「あら?」
タモツ君は、扇風機を出してきたようです。
せっかくきれいにしたはずの部屋も、この新しいおもちゃに夢中になって、
押し入れの戸を開けっ放しで布団がペロリンコ。
持ち主の権利を立てるべく待っていたようで
「おぅ、立ち上げるぞ。ここがパワースイッチだ。押してみ」
ジリジリと進むプログレスバーを見ながら、二人は無言でティータイム。
最新のマシンと比べてはあまりにも可哀想な速度です。
ようやくデスクトップが立ち上がりました。
「まぶしっ!」
モニターの明度が異常に上がっています。
側面に付いている調整ボタンで見れる程度に落としました。
そこには巨大なアイコンがふたつとゴミ箱のみあります。
巨大なのは、おそらく身障者用の設定をしているからでしょう。
「片方はハードディスクだよね、で、これは?」

Vanamond.cld

「『ヴァナモンド』って読めるけど、この『cld』って拡張子は聞いた事ないなぁ、押してみれ、そうそう2回」

画面が真っ黒になって、なにやら画像が浮かんできましたよ。
どこかの山頂?しかし、モノクロのドット絵で画像なのかイラストなのかもわかりません。
その絵にかかるようにタイトルもでてきました。
『Vanamond Child』

「『cld』って『チャイルド』の略や!」
「で、どういう意味?」
「....わからん」

次に出てきたのはパスワードを要求するダイアログ。

「あ〜」
「な、何か打ってよ」
「じゃあ、何か言えよ」
「う〜んと、う〜んと『河童』」
「なんで『河童』やねん...kappaと....はい、あきませんでした、次」
「このまま妖怪シリーズいってもいい?」
「打つのが面倒くさいからダメ〜」

だいたい思いつくものをほとんど打ち込んでみても、パスワードがあいませんでした。
しかも、店の老人が言うところの「ワープロも動いた」とは
簡単なメモ程度の保存が出来るエディターソフトの事だったようです。
このPCには『ヴァナモンド』とこのエディターのみで
残りは、解読できない大量のテキストデータばかりが入っているばかりでした。

「だまされたな〜。これはだまされましたよ。縁日のピンクのヒヨコ並みですよ、お嬢さん」
「.....。」
「どうする?古いOS手に入れてインストールし直すけ?」
「うううう、やだ」
「え?」
「やだ」
「けどな」
「このヴァナ公、動かしてやる」
「アホやな〜、無理、無...」
そういいかけたタモツ君をリサコちゃんの恐ろしい視線が突き刺さりました。
「わかったわかった、ショウ兄ちゃんに、なんか方法あるか聞いてみるわ」

タモツ君はお母さんから、ショウ兄さんの電話番号を聞きますが
「あんた、海外に電話かけれるんかいな?」
スルメをかじっている母親に言われております。
「こんな時代や、日本語でもなんとかなるやろ」
「こんな時代も、あんな時代もあるかいな。あんたはドラえもんか。
ま、リサコちゃんのお願いやろうから、せいぜいがんばりや〜」
「....やかましわ」


「あのモシモシ、おぬぃさん?」
「藤山寛美かおのれは!」
2ヶ月ぶりの兄弟の会話ですが、
アムステルダムと日本をつなげた会話とは思えんほどの間抜けな内容ですね。
「パソコンのことで聞きたい事あるんだけど」
「なんで普通の電話かな〜、もったいない。
俺のPC、まだネットにつながっとるから、そこのfireballってアカウントでメールせえや!」
そういって、電話は切れてしまいました。
「あうぅ」
リサコちゃんは階段に座って、電話台の前でむっとしているタモツ君をニヤニヤみています。
「あいかわらず、面白い兄弟だこと」

(つづく)

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